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2006年3月28日 (火)

妹よ

私の年の離れた妹は中学の体育の先生。
来月より新たな中学へ移ることに。
今度は、初めて知的障害者の特別学級で
教えることになる・・・と聞いた。

まだ20代の彼女にとって
本当に大変なそして貴重な経験となるだろうな・・・。
教師といっても、彼女のほうが多くのことを学ぶ場と
なること間違いない。
でも頑張ってほしいぞ。姉としては。

私が初めて接した障害者の子は幼稚園の時で
同じモモ組だったタロウ君(仮名)。
そこ子は知的障害ではなく重度の小児麻痺だったんだけど。

出来たばかりの公立の幼稚園で私たちは一期生。
そこへ入学してきたタロウ君は
体のバランスが取れず、動くと左右に大きく揺れて
一人で歩くこともままならない程だった。

これは大きくなってから「母和子」から聞いた話だけど
入学して少し経った時、他の園児の母親達から

「あんなひどい障害の子と一緒に
うちの子供を遊ばすなんてあぶない」
とか
「養護学校へ移すべき」
など
クラスの先生に抗議に出たらしい。

そのときの担任の先生は、
断固としてその抗議を跳ねのけた。
聞くところによるとタロウ君を受け入れてくれる幼稚園が無く、
沢山の幼稚園から門前払いをされて私の通った幼稚園に来たんだそうだ。

だからタロウ君の母親は
毎朝、タロウ君を幼稚園に送った後
心配で心配で心配で、
家に帰ることが出来ず幼稚園の外からずっとタロウ君を
見続けていたらしい。

またタロウ君が居たことで、他の園児達は
「他の子を同じように体を押したら簡単に倒れてしまう。」
とか
「一緒に手をつないであげなくては歩けない。」
と思うように、
タロウ君を助ける心を通じて他の人に対しても
優しくしようという思いやりが育っていたらしい。

「一年後、見ていてください。必ず想像以上の素晴らしい
モモ組になっている!」

と先生は母親達に言い切った。

それからどうしたか・・・私の幼稚園の思い出では
到底薄れてしまい「こうなりました」と語れない。
(情けない)

だた憶えていることは
朝のマラソン
秋の運動会・遠足
お楽しみ会の劇
全部タロウ君は参加してこと。

他の子と同じようにみんなが大事な
友達となっていたこと。

そして卒園式。
タロウ君は、誰の手も借りず
一人で、しっかりと、歩けるようになるほど
体のバランスが良くなっていたこと・・・

それには担任の先生がどんなに園児達全員に
心を配っていたことか。それはもう計り知れないよ。

タロウ君と共にその先生は私の大切な
思い出となっている。

・・・私の妹はそのときの先生と同じぐらいの年齢かな。
どんなことが待っているか分からないけど
私のこの思い出のようにいつまでも教え子の心に残る
先生になってほしいと願ってやまないっす。

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