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2007年8月

2007年8月20日 (月)

とある残業時間の会話

※この話の背景
 私のねんごろ相手は職場の上司でもある。
 今は、プライベート・客先と24時間一緒の生活。
 仕事柄、残業時間が多い。
 LARK子は残業時間によく、やさぐれる習性がある。
 
 今日はねんごろをあえて、上司と呼ぼう。 


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

さっき(20:30頃)、上司から

「客先に7月分の請求書を作るから
 作業一覧作成しなさい。」

言われた。


私は上司が請求書を作成するときに
作業一覧を作成するのが常。
(遅すぎだよ。だらけすぎもいいところだよ。)


私は自分の手帳を見てびっくり。
7月、なーんも書いていない。
(いつもは本日の作業内容として
 手帳に書き込んでいる)

私の記憶を思い返してみても
どんな作業をしたのか

まるで憶えていない・・・

7月って結構忙しかった気がしたが・・・

ホント憶えていない。


やばいんじゃないの。これって。
老化現象始まってるんじゃないの?
こんなんで、プロジェクトを、
ましてや一人でやってていいの?

いやいや、良くないよ。
責任を問われる大きな失敗をする前に
なんとかしなくてはいけない。

意を決して上司に言ったよ。


「もう、仕事を辞めさせて下さい。」


そしたら上司、

「ん?」

と言って
真面目な顔してこう言った。


「お前さんには、まだまだまだまだ

 稼いでもらわにゃ、ならないねえ~」


・・・・なんだい、その言い草は。


長年、岡場所を勤め上げ、
やっとの思いで、「足抜けしたい」と申し出た
年増の遊女に言い放つ、欲深女将のセリフかよ!


ちっくしょー。

情けもへったくれもありゃしないよ。
これが上司の本性だよ!!
みんな、気をつけておくれよ!!

ホント気をつけておくれよー!


なにが言いたいって、ただ今日はもう
仕事したくない(できたらもう一生したくない)
やさぐれた、LARK子だってことさ

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2007年8月17日 (金)

俺の夏

今年は特に夏休みを取らない。

仕事もちょこちょこあるし
予定も特にないし。
なんだか、さみしい三十路サマー。


じゃ何をしているかと言えば

しこたま飲む

二日酔い

体重計に乗り、急な体重増加におののく

ダイエットを決意し仕事へ

仕事中に決意を忘れる

最初に戻る。


の繰り返しさ。夏とは全然関係なし。


そんな私(とねんごろ)に急なお誘いがあって
昨日、神宮外苑花火大会へ行きやした。
いやー初めて夏ならではのお出かけだ。
しかも、タダ!
いえーい。タダいえーい。

誘ってくれたのは
ねんごろの弟のお嫁さんの妹さん。(あーめんどくさい)

その義理の妹さんは化粧品メーカーに勤めている。
その会社は神宮外苑花火大会の特別協賛をしているため
社員にはチケットが配られる。
 
今回、急遽行けなくなった社員がいたおかげで
お零れにあずかった訳だ。

ねんごろと、ねんごろの弟夫婦。
弟の嫁さんの妹夫婦。
俺。
というメンバーで行くことになった。


しかし、緊張したよ。
ねんごろの弟嫁は、あきらかに私とねんごろの関係を
快く思っちゃいない。
 
去年の一月、偶然会ったとき挨拶したら
思い切り無視された。三十路になって無視って・・・
でもそれはある意味、正しい態度であり、その原因は
ねんごろと私にある訳だから仕方が無い。
 
そんな背景もあって楽しく行けるのかいな・・・
ねんごろだけ行けばいいんじゃないかいな・・・
と前日ずいぶん悩んだ末、結局行くことに。
 
 
さて、当日。
 
花火が始まる前に、ゲストライブがあった。
今回ゲストのゴダイゴの
「ガンダ~ラ♪ガンダ~ラ♪」を聞きながら
屋台で買ったヤキソバを貪っていた私の横を
 
叶美香が通ったよ。
 
その少し後に、生ビールをぐびっぐびっ飲んでる
私の横を
 
神保美喜が通ったよ。
 
化粧品のCMに出演している芸能人も
ご招待らしい。
いやあ叶美香、でかかったなー。全てが。

 
花火はねー、素晴らしく綺麗でした。
本当によかったなー。
 
 
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来年も行きたくなったよ!!どーん!! 
 
 
そして
花火終了後、みんなで飲み。

 
とはいえ、お嫁さんと妹さんの美人姉妹は
(これが本当に美人!いやー美人!)
アルコールは一滴も飲めない。
 
その上、

「酔っ払い=くるくるパー」

と思っている。きっと思っている。
勝手な想像だが私にはそう思えてやまない。
 
他人はいざ知らず、自分の旦那様が酔ってしまうのを
激しく嫌う。

 
ねんごろ以外の男性人は、あまりお酒は強くはないが
久し振りに兄弟で会ったので男同士楽しそーに飲んでいた。
「じゃ、もう一杯・・・」と
二杯目をお代わりをしよーとすると


弟の嫁「もーやめな!!やめな!!」

嫁の妹「飲むと調子に乗るんだから!!ったく!!」


それぞれの旦那に激しい叱責!
えええ~まだ二杯目なのに・・・

「まあ、まあ、いいじゃないかー」と
ねんごろがなだめ、なんとか3杯は飲めたけど。
 
久し振りに会ったのだから
ちょっとぐらい、いいんじゃないかしら・・・
と思ったけれど、絶対に口には出せない。

 
一人女飲兵衛の私は浮いて浮いて仕方かなかった。

 
でもまあ、楽しい夜を過ごせた。
 
 
俺の夏の思い出がやっとできたぜ。



しっかし、本当に美人姉妹・・・痩せてるし。
私も、リバウンドしている場合じゃない!

 
おかげで、やる気が沸いてきたので
2週間前に届き、未だダンボール詰めとなっている

 
「ビリーズブートキャンプ」を

 
出そうかな・・・と思った次第である。

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2007年8月 6日 (月)

プロミス

私が今一緒に住んでいるねんごろ相手とは
年が「18歳」離れている。

当然相手の方が年上。

・・・オヤジだよ。オヤジ。

知り合ってから今に至るまで
11年経とうとしている。

当時は彼も40代でバリバリ働いていたもんだから
「ちょっと素敵ー」
なんて思ったもんだが・・・
今や、そんな姿は微塵も無い。

だが、
そんな事ぐらいで私の愛は下がりはしない。

なんてたって私はファザコン♪なんだからさ!

友人達との会話で
「年下いいよー、狙いなさいよー」
と言われれば、
「そーだねー、いいよね年下ー」
なーんて、言っちゃっているが

実は、まるで興味が無い。

きっと、みんなの様に、
そしてキョンキョンの様に
(2007年現在、亀梨くんと同棲中)

魅力的な年下に出会っていないせいもあるかもしれないが。

なぜ自分がファザコンと言えば
きっと、父を早くに亡くなったせいであろう。
私がまだ、ガラスの10代だったもんで

「パパなんて、くさい!汚い!大嫌い!」

という時期を迎える前に逝ってしまったのだ。
(ある意味いい時に逝ったか。あ、うそうそ。ごめんよ父。)

父は、板金加工の職人で、無口。
お酒、弱い。
人付き合い、不得手。
時折、頑なしき時もしばしば。

でも、家族をとても大事にし愛してくれた。

そんな父を私はとても尊敬していたよ。

我慢強くて、仕事中にどんな怪我をしても
滅多に休まなかったな。

そんなんだから
整骨院に行ってもなかなか治らない腰痛が
「癌」
だと思わないんだよ。

気付いたときには、もう・・・ね。

 

忘れられない思い出がある。

よく、他人に顔を叩かれたりすると
「お父さんにも叩かれたこと無かったのに!!」
と言ったりするが

私は叩かれた。一度キリだが。

その原因は、長くなるから割愛するが
ある日母に、ものすごい勢いで怒られた。
当然、私が悪くて。

私は、母の言うことをまるで聞かず、仕舞いには
立ち上がり、母を見下ろして口汚く罵り、
二階の自分の部屋に駆け込もうとした。

その時(歴史が動いた)だ。

黙って聞いていた父が
階段から、私を引きづり降ろし

「バチーン!!」

左頬を叩かれた。

びっくりした。初めてだったから。

父も自分でびっくりしていた。
娘を叩いたことに。

そして一言二言、何か言ったが
私は、軽くパニくっていて憶えていない。
ただ、涙ぽろぽろぽろぽろ流して部屋に駆け込んだ。

次の日。
私の頬は腫れもせず、あざも無かった。
手加減したのか・・・。

そして母から聞いた。
叩いてしまったことに、父はどんなに傷ついていたか。
それでも、今回のことはLARK子には分かってもらいたかったと。

私は母に謝り、言うことを聞くとを約束した。

ま、その約束って
アルバイト代から生活費を入れろ
ってことだったんだけど。

(我が家は年齢関係なく、
【金銭を稼ぐようになったら生活費を入れなくてはならない。】
 という厳しい掟がある)

 

その年の夏に父は倒れ、
一年後にあっけなく逝ってしまった。

私は、父に謝っていないと思う。

そのことをずっと後悔しているから
経済的にありえないくらい辛くなったときも
母に生活費を渡し続けてた。
ま、当然かもしれないけど。

昼も夜も働き、ふらふらになっていたとき
母に、無理をしないでいいと言われた。
その時、私は母に言った。

「家の為だけに働いているんじゃない。
 ・・・約束なんだから」

そう。約束だよ。父との。
最後の約束なんだから。

今私は、実家の家のローンと
いまだ残っている借金を払っている。

つい最近
「なぜ私だけ払っているのさ!」
と、やさぐれていた。

でも思い直した。

幸い、仕事も続けられているし
良いのか悪いのか独身だし。
だから、まだやれる。

8月14日。

父の命日である。
あれから20年。
早いな・・・

今年、もう一度約束をして来よう。

そう思った残業時間であった。

(おい、仕事しろ)

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