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2007年12月

2007年12月26日 (水)

満月のイブ

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今年のクリスマスイブは
それはそれは、綺麗な満月だった。
 
 
 
前回イブの日に満月だったのは1969年だ
 
と、お天気お姉さんが言っていた。
 
おおお~、38年振りなのか~~。
 
 
 
そして次回は19年後なんだそうな。
 
 
 
19年後のイブは、LARK子は一体何をしているのかと
ぼーっと、口あけて考えてみたけど
その頃ってもうクリスマスイブだなんて
思い出しもしないで、酒かっくらっている
くそババアになっていそうだよ。
 
やだやだ。
 
 
 
と、考えていた残業中。
 
ふっと隣の上司(=ねんごろ)を見る。
 
19年後の上司(74歳)か・・・
 
 
 
と思った途端目が合っちゃったから
 
「今日はもう退社しましょう!
 お腹も空いたし!」
 
ってあわてて満面の笑顔で言ったよ。
 
 
 
19年後の上司の想像をする前に  
「・・・死んでる?」
と思ったことなど微塵も出さなかったYO!
 
 


※写真は、ねんごろのダメダメな満月。
 これで、ニコンのD300が欲しいだなんてよく言うYO!!

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2007年12月 7日 (金)

なおちゃん その②

私は今、二人の男に翻弄されている。
 
 
木曜日夜、NHKで放映されている
「風の果て」
を見て、主演の佐藤浩一に興奮し
土曜日夜、フジで放映されている
「SP」
を見て、主演の岡田准一に舞い上がって
鼻血を出す始末。
一時期は、岡ちゃんを浩一が抜くか?!
(何を抜くって、あたしの中での
 結婚したい男ランキング1位の座だよ)
 
という危機があったが、
SP見て、6年連続ランキング1位の座は
死守できた岡ちゃんである。
さすがだぞ!岡ちゃん!
ナイスだぞ!岡ちゃん!
 
 

 
そんなどうでもいい~話から
なおちゃん話(続編)突入。
 
 
 
さて、 
なおちゃんが、小学校に入学した年に
流行った遊びは、
  
 
学校ごっこ。
 
 
である。
  
  
 
 
ご想像のとおり、
LARK子が生徒さ。
出来の悪い生徒さ。
 
当然、なおちゃんは先生。
 
なおちゃんは、
学校で習ってきたことを
LARK子にも学ばせなくてはいけない。
という使命感と

単純に「先生」になっていばりちらしたい。
という、はた迷惑な考えから
 
LARK子を生徒に選んだ。
私は、まだお気楽な
幼稚園通いの女だったのに・・・
 
 
 
私の薄ぼんやりした記憶をたどると・・・
私の自宅で、机をはさんでなおちゃんと
向かい合わせに座っている様子が浮んでくる。

 
たまになおちゃんは立ち上がって
私に何かを言う。
(このときLARK子ビビる)

 
LARK子は何かを書いている。
(書かされている、が正しいか)

 
また、なおちゃんが勢いよく立ち上がる。
 
 
あ~聞こえてくるよ~~
なおちゃんの、LARK子を叱責する声が~~
 
「LARK子ちゃん!ちがいますよ!
 何度言ったら、わかるのですか!

 
 エンピツは、右!(ここでLARK子の右手をピシっ!とたたく)
 エンピツは、右!

 
 エ・ン・ピ・ツ・は、み・ぎ!!
(↑一言いうたび、LARK子の右手をピシピシと)
 
 みぎがわかりますか?
 おはしを持つ手が右です。
 おちゃわんを持つ手が左です。
(動作で示している)
 
 
 わかりますか?」
 
LARK子 「・・・なおちゃん、
       LARK子はおはし、左なの。」
       (左利きだから)
 
なおちゃん「(あっそうだった。
         とあせるが何事もなかったように)

       LARK子ちゃん!
       今は、なおちゃんじゃないでしょ!
       先生でしょ!!」
 
  
LARK子 「はい!すみません!
       先生!」
 
なおちゃん「じゃ、もういちど!
      エンピツは右で!」
 
LARK子「はい!先生!右ですね!」



・・・このやりとりが毎日毎日続くんだよ。
当然、右で字が書けるようになるまで
続くんだよ。
厳しい。なおちゃん先生。
 
この様子を傍で見ていた
母和子が後になって語るには
 
「本当はLARK子ちゃんの左利きを
 小学校入学までに
 右に矯正しようか、どうしようか悩んでいたの。

 でも、無理に矯正するとストレスになって
 チック症になったりする子もいるって聞いて
 いたし。

 そんなときになおちゃんが一生懸命になって
 LARK子ちゃんのエンピツを右にさせようと
 するからビックリしたわ。

 でも親から矯正されるとストレスになるけど
 なおちゃんとは遊びの中で治されている
 ってことだから、LARK子ちゃんも
 なおちゃん先生のおかげで、自然と右手で
 エンピツを持つようになったわよ。」
 
なるほどな・・・と思った。
 
親から指摘をされていたら
右に治しただろうか。
 
自転車だって、親が相手じゃもっと甘えて
乗れるまで時間が掛かったかもしれない。


そう思うとやっぱりお世話になったんだな。
 
なおちゃん先生のLARK子への教育もむなしく
私は小学校に入学した後、すぐに埼玉へ
引越しすることになった。

 
 
なおちゃんから学んだことを
埼玉の小学校で発揮したことになる。
 
 
私のことなどすっかり忘れているだろうな~。
 
 
でも、
手紙を書いたり
自転車に乗るたびに


 
なおちゃんを
もっと思い出そうと思ったよ。
おしまい

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2007年12月 4日 (火)

なおちゃん その①

幼児期に住んでいた大田区のことを
ちろっと書いたら思い出が
どんどんあふれてくるね。

 

前回の意地悪あやちゃんと共に
私の幼児期の思い出に名を連ねる


「なおちゃん」。


なおちゃんは私より一つ年上の女の子で
同じアパートに住んでいた。


色白で
髪の毛が少し茶色で
目がぱっちりしていて
ようは、超!可愛い子なんだけれど、


超!!厳し~~女だった。


私を半分、「子分」扱いにしていた
なおちゃんではあるが
面倒見のよい姉御って感じで
自分が習得したものを
LARK子にも習得させなくてはならない!
という使命感に燃えている子だった。


そのときの特訓が、ちょっとの甘えもゆるさず
厳しいのである。

 

でもあたしは

・水泳
・なわとびの二重飛び
・自転車の補助輪卒業
・鉛筆を右手で書くように矯正(私は左利き)

などが
小学校に入学するまでに
出来るようになったことは
全てなおちゃんのおかげである。

 
 

《自転車の補助輪卒業》

補助輪卒業とは書いたものの
当時私は自転車を持っていなかった。
つまり補助輪つきの自転車ですら
乗った経験がなかった。


お誕生日のお祝いでピンクの
自転車を買ってもらったなおちゃん(当時5歳)は、
自分が補助輪なしで乗れるようになった途端、


「LARK子ちゃん(当時4歳)も自転車一つ乗れなくて
 この先どうする。」


と、(言ったかどうかは知らないが)
猛特訓が始まった。
なおちゃんのピンクの自転車で。


なおちゃんの特訓は厳しい。

 
私は3人姉弟の一番上で、要領のいい弟とは違い
ぼーっとした長女だ。
自分から何かをしようだなんて思いつきもしない女だ。
その上不器用極まりない女だ。

 
そんなLARK子がすぐに何かを出来るようになることは
おてんと様が西から昇ることがあっても有り得ない。


でも、なおちゃんにとってはそれでは困る。
大変困るのである。

 
だって、幼稚園や小学校から帰ってきたら
遊び相手は、このボーっとしたLARK子なのだから
自分と同じようにできなければ、何をするにも
楽しく遊べないのである。

(また私はなおちゃんに素直に従っていたらしい。
 意地悪あやちゃんは素直に従わなかったらしい。
 子分にぴったり、という理由もある(母和子談))

 

しかし、お祝いで買ってもらった新しい自転車に
LARK子を乗せるだなんて面倒見がいいにも程があるよ。
私が何度も転んで傷をつけるとかもったいないとか
思わなかったんだろうか。

 
案の定あたしは何度も転んで
あちこちすりむいて涙がでる始末。

 
「もう勘弁してください・・・」
と言っても
「まだまだいくわよ!!!それっっ!!」

ひたすら自転車の後ろの荷台を押さえて
何度も何度もLARK子を走らせる。
どんなにLARK子が出来なくても決して匙を投げない。

 
おかげで、私はなんとか2日で乗れるようになった。

 
そして母和子からすぐ自転車を
買って貰った。

なおちゃんの後ろをいつも自転車で
走ることができた。

 

こんな調子で
私は、へたくそでもみんなとプールで
泳ぐことができたし
(お、それで「黒への道」に進めたのか・・・)

 

なわとびだって二重飛びができるようになった。

 

ありがとう、なおちゃん。
感謝しているよ、なおちゃん。

 

でもね、なおちゃん、
左利きの鉛筆を
右手に矯正された日々のことは
忘れもしないよ。


このうえもなく厳しかったよ。

 

右手矯正編につづく。

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2007年12月 1日 (土)

母からの電話

先日、母和子から電話があり


 「あ、もしもしLARK子ちゃん、
 ママね、昔の嫌な思い出を思い出しちゃった。

 憶えている?
 大田区に住んでいたとき、LARK子ちゃんと同い年の
 あやちゃん。

 あの子意地悪だったわよねー。

 ほら、パパからもらった指輪を
 LARK子ちゃん、喜んでつけていたじゃない。
 そうしたらあやちゃんが、
 『ちょっと見せて』
 って、あっという間に取り上げて
 『ふんっ』
 って、ドブの中に捨てちゃったの。

 結局指輪は見つからなくて、LARK子ちゃんったらかわいそうに
 ずっと泣いていたわー。

 もう本当に意地悪だったわよね!
 何て嫌な思い出なの!!」


・・・ちょっとまて。


朝の、しかも私が二日酔いでお見舞いされちゃっている時に
聞かなくてはいけない話なのか。


・・・その前にだ。

その思い出は



私にとって、LARK子にとって
嫌な思い出なんだ!!!!
 



と、いうことに
早く気付いて欲しい。
いの、一番、に!気付いてほしい。


私は、生まれてから小学校一年生まで
東京都大田区池上に住んでいた。


古いアパートで、台所とトイレは共同。


私達は二階の一番奥の部屋だったので
夜にトイレに行くのが、ものすごーく怖かった。
寝る前もトイレをいつも我慢していたから
物心ついた年になっても、おねしょをしていた。
(いきなり、衝撃の告白)


そのアパートと近所には年の近い子供が多くて
その子達とよく遊んでいたんだけれど
その中にあやちゃんがいた。


っもう、本当に意地悪な子で
指輪事件以外にも

①魔女っこメグちゃんの着せ替え人形の服を奪われた。
②仕舞いには魔女っこメグちゃんも奪われた。
③サンタクロースを信じていたLARK子を、大バカ呼ばわりし
 みんなの前でさんざんコケにされた。
④たまに「ドンっ!」と押された。
 (ドンくさいあたしはそれでよくコケてた)


なんてことをされた記憶がある。
ひどい。ひどすぎる。
(裏を返せば、弱い、弱すぎるぞ、LARK子。)


だが、あやちゃんなんかより、
私の幼児期から小学校まで思い出の
大半を占めているのは 


なおちゃんである。


彼女にはお世話になった・・・・
もし、再会できるものならば一言お礼をいいたい。


でも長くなるので
なおちゃんの話はまたの機会に。


しかし、大田区に住んでいたころの和子は
今の私より、はるかに若かったはず。
その頃の写真をみると、今より痩せているのに
ピッチピチだもの。
(ちょっと海老名美どりに似ていた)

だが、その頃よりも
63歳になった今のほうが
断然、パワフルだ。



さーて、今年も残り1ヶ月だー。
頑張るぞー!(← って、何を?)

まとまりもなく、おしまい。

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